生徒が挑む“完璧な等速直線運動の実現”の探究型授業「その台車、本当に等速?」
中学校・高校の物理・力学の単元で誰もが学ぶ「等速直線運動」。口頭で「加速度ゼロ、速度一定」と説明するのは簡単ですが、実際に実験で”完璧な”等速直線運動を再現しようとすると、これがなかなか難しい。教科書通りの理想的な状態と、現実の間にギャップを感じた経験、きっと多くの先生方がお持ちなのではないでしょうか。
「水平な机の上で力学台車を押して測定する」――これは多くの学校で定番の実験ですが、いざやってみると、台車はわずかに減速してしまい、記録タイマーのドット間隔も徐々に狭まっていく様子が見て取れます。特に、デジタル記録タイマー(記録タイマーd)を使うと、その減速の様子がV-tグラフではっきり表れ、生徒たちから「これ、本当に等速なんですか?」と鋭いツッコミが入ることも少なくありません。
左のグラフがv-tグラフです。
デジタル記録タイマーの「記録タイマーd」を使うと、さらによくわかります。やはり徐々に下がっています。
この現実の観察結果を、理想的な「等速直線運動」と見なして慣性の法則を導き出すのは、生徒にとって納得のいく論理展開とは言いがたいでしょう。そこで、「じゃあどうしたら本物の等速直線運動になるのか?」と、生徒に一歩踏み込ませる授業はできないだろうか、と。今回の実践は、まさにその問いを軸に、生徒が力と速さを量的・関係的な視点から探究し、深い理解へと導くことを目的としたものです。運動の変化の原因となる「力」に着目することで、より本質的な理解を促し、空気抵抗や質量の違いといった要因を認識し、それらを制御して実験条件を整える力を育むことを目指しました。
なおこの実践は吉本一紀先生が開発したものをもとにして、河野勉先生と一緒にデジタル記録タイマーdを使って改善をしたという実践です。
授業のテーマ:「完璧な等速直線運動を実現する!」
今回の授業のテーマは、ずばり「どうすれば本当に等速直線運動を実現できるか?」です。教科書で「等速直線運動をする場合は合力がゼロになる」と学んだり、先生が繰り返し説明したりしても、この概念は生徒の直感に反するため、なかなか定着しにくいものです。実際、大学入学共通テストのプレテスト(第2回)でもこの点が問われ、正答率がわずか19.7%という結果でした。
3の問題ですね。
これは、等速直線運動が、日常の経験からかけ離れた物理現象であり、ガリレオがこの概念に気づいたことがいかに革新的であったかを物語っています。
この授業の狙いは、生徒が「等速直線運動を実現する」という探究的な活動を通して、運動を捉える認識の深化を図ることです。これまでの学習で、生徒は運動を「静止」と「動く」に分け、「動く」をさらに「向きや速さが変化するかどうか」で捉えています。そして前時までに、水平面上での運動は等速直線運動になるはずだと学習しているわけです。
しかし、実際の実験データを見ると、運動は常に減速(負の加速)していることに生徒は気づきます。そこで、ここが勝負どころ。「なぜ減速するのか?」「どうすれば減速しないのか?」を考えることで、生徒は班員と協力して、摩擦力や空気抵抗を小さくする仮説や、それらの抵抗力とつり合う力を働かせる仮説を立て、実験計画を行います。この「等速直線運動を実現する」という課題の下、生徒自身が探究活動を行うのです。
ここにデジタル記録タイマーdを用いることで、記録テープを切って貼るという「工作の時間」を短縮し、V-tグラフを瞬時に確認できます。これにより、生徒は仮説→実行→改善のサイクルを何度も繰り返すことができ、より多くの気づきを得ることが可能になります。
デジタル記録タイマーd
生徒たちの創造力が爆発!試行錯誤から生まれる科学的思考
具体的な実践の方法については、この記事の最後にある指導案をご覧ください。今回の探究のレベルは、レベル3の導かれた探究です。問いの投げかけまでを教員で行って、その後の手続き以降は生徒自身が考えていくという内容です。
Banchi &Bell(2008)
また探究の過程で重視をしたポイントとして、「課題の探究」です。実際にやってみる中で得られる気づきを大切にします。何度も繰り返せるような取り組みです(記録タイマーdが活躍する理由です)。
初めに等速直線運動になっていないという事実に気づかせて、その後仮説立てをして、実際に検証方法を個人と、班で考えて、必要なものの準備等をさせます。この時間は短く15分程度で終えておきましょう。今回の実践は実際に手を動かしながら気づかせるということがポイントであるためです。そして次回の授業で実際に試させます。
当日の教室は、まさに「小さな発明大会」のような光景でした。生徒たちには、「どんな方法でもいいから等速直線運動を目指す」という目標だけを提示し、記録タイマーや力学台車に加え、理科室の備品は全て使用OK、さらには自宅からの持ち込みもOKと伝えました。このようにして、生徒の創造力を最大限に引き出す環境を整えたのです。
生徒たちのアイデアと工夫は、実に多様でした。
- 「摩擦力を小さくしたい!」という直感的アプローチ:
• アルミ箔やガラスの板を敷く班
→ 力学台車の下にアルミ箔。理由を聞くと「摩擦力を小さくしたい」とのこと。理にかなっています。
・頭を尖らせる班
• 机の上に油を引く班
→ 実際にベビーオイルやサラダ油を使う班も登場。教師としてはややハラハラですが、発想は見事。
・レールを敷く班
• 力学台車の下に氷を置く班
→ 「氷の上は滑るから!」という直感的な発想。冷蔵庫から保冷剤を持参するなど、気合の入った班も。
- 「合力をゼロにすればいい!」という高度なアプローチ:
• 模型の車を使って引っ張ろうとする班
• 緩やかな斜面を利用する班
→ 斜面上に置いて滑らせ、摩擦力と重力の斜面成分がつり合うように調整。「合力を0にする」という高度な考え方もちらほら。
ホワイトボードの上で緩やかな斜面を作る班
よくみると記録タイマーのテープが細くなっていて、摩擦を減らそうと工夫していました。
別のおもりで引っ張ろうとする班
2つの台車を連結して、台車の質量を増やそうとする班
(写真:研究紀要より)ホワイトボードの上で緩やかな斜面を作る班のV-tグラフは、確かに減速が少なく、理想的な等速直線運動に近づいていることが見て取れました。
それぞれの班の工夫と生徒の結果例のPDFはこちらをご覧ください。
生徒が自然にたどりつく「合力=0」の真理
次の時間には、生徒たちが工夫した内容をカード教材にして、それぞれの班がどのようなアプローチをしたのかを、力と運動という観点から分類させてみました。
様々な意見が出ましたが、生徒たちは最終的に、自分たちの工夫を大きく次の2つに分類しました。
- 摩擦力などの抵抗力をできるだけ小さくする方法
- 他の力と釣り合わせて合力を0にする方法
教科書の慣性の法則には「力が働かないか、または働く力の合力が0の場合、等速直線運動をする」と書かれていますが、これがなかなかピンとこないものです。しかし、この探究活動を通して、生徒たちは「合力が0のとき、等速直線運動になる」という事実を、体感として理解する貴重な機会を得られたのです。
さらに、この学びは既習の「静止しているとき、物体に働いている力はつりあっている」という知識と結びつきます。生徒は、静止とは等速直線運動において速さが0の場合である、と認識を深めることができるでしょう。これにより、運動を「運動が変化するかしないか」、すなわち「力がつり合っているか、合力≠0か」という観点で捉えることができるようになり、慣性の法則の学習へとより深い学びとして繋がっていきます。
「等速直線運動」を“体感”できる授業の意義
この授業は、単に知識を教えるだけでなく、生徒が試行錯誤を通して運動の本質に気づくきっかけを与える、非常に楽しく意義のある実践だと感じました。
- 「等速直線運動」の本質を体感的に理解できる 生徒は「速さが変わらない運動」だと頭では理解していても、実験を通じて実際には“完璧な”等速直線運動を作ることが非常に難しいことを知ります。ここから「なぜ難しいのか」「どうすれば実現できるのか」という問いに自ら向き合い、力と運動の関係(特に合力=0)を実感として理解していきます。また宇宙の状態として、無重力ということはなく、無重量であるなどの、言葉の違いなどに気づく生徒も出てきます。
- 課題解決型の学び(探究的な学び)を促す 「どうすれば本当に等速直線運動になるか?」という問いを軸に、生徒が自分たちで仮説を立て、試行錯誤しながら検証します。これは単なる再現実験ではなく、問題解決型・探究型の理科学習として非常に価値のあるプロセスです。デジタル記録タイマーのおかげで、何度も実験と改善を繰り返せる点も大きなメリットでした。
- 創意工夫による「科学的な思考」の育成 アルミ箔、氷、油、模型の車、斜面など、班ごとに道具やアイデアを持ち寄って工夫します。これは科学的な観察・考察・試行の連続であり、正解が一つではない問いに取り組む中で、思考力・判断力・表現力の育成にもつながります。
- 生徒同士の対話や意見交換が活性化する 各班が独自のアプローチをするため、実験結果を共有・比較することで自然と科学的な議論が生まれます。「どの方法が一番うまくいったのか?」「それはなぜか?」といった話し合いを通じて、学びがより深まります。
- 生徒の主体性と理科への興味・関心を高める 自分の発想で準備し、実験し、データをとって考察するというプロセスは、生徒の主体性を高めるだけでなく、「もっとこうしたらどうか」「これも試してみたい」という理科的な好奇心や探究心を引き出すきっかけになります。
このように、本実践は単なる運動の実験を超え、科学的思考力の育成と深い概念理解の両立を可能にする授業モデルといえます。理科教師として「教える」だけでなく「学ばせる」授業を目指す上で、非常に意義のある取り組みです。「授業が終わってからも、どうすればもっと滑らせられるか考えてた」なんて声が聞こえてくると、教師としてこれほど嬉しいことはありません。机の上にアルミ箔や氷が転がる、そんな風景が、きっと生徒たちの記憶に深く刻まれる授業になるでしょう。
各種資料について
ワークシート ワークシート例:等速直線運動の実現
指導案 指導案例:等速直線運動の実現
生徒の気づきについて
事前アンケート(等速直線運動について知っていることを書いてください)。
速さと向きが一定
同じ速さでまっすぐ進む運動
ずっと同じ速度で直線に物体が進むこと。
一定の速さで直線を動く
物体がまっすぐ一定の速度で動くこと
同じ早さで運動する
直線を同じ速度で走る運動のこと
同じスピードで進み続ける。基本的には水平面をすすむ
同じ早さで走っている状態
速さが一定で、v‐tグラフがx軸に平行の直線になる。
一定の速さでまっすぐ進む運動
速さの割合が一定、
速度が一定である。比例している。
同じ速さで動き続ける、グラフ(時間と速さ)にすると一直線になる
動く方向にちからがはたらく。
グラフが真っすぐでずっと一定の速さ
一定の速さで直線に動く運動。瞬間的な力が一瞬だけ加わると起こる。
一定の同じ速さで運動をして時間が変わっても速さの変化がない、グラフを作ると横に平行な直線のようになる
物体が速さを変えずに一直線上を移動すること。
なにも知りません
“同じ速さで一定の距離進んでいく運動
台車を普通に転がすだけだと負の加速度運動になってしまう
摩擦や空気抵抗などがあるため、この運動を作り出すことが難しい”
速さが一定で変わらない運動。一直線上の運動。垂直抗力と物体の重力がつりあっている。力が働いていない運動。
垂直線上を物体が移動するとき、その速度は一定であるということ。
vtグラフがx軸と並行になっていて、xtグラフは比例の式になる運動。物体にかかる抵抗と同じだけの力で引く(初動を除く)とこの運動になる。
速さが一定 水平の場所で働く
速さが一定、物体が直線に移動する、v-tグラフが水平でx-tグラフが比例、初速に変化がなく、その後力が働かないときに起こる?
同じ向きで同じ速さ、v-tグラフが水平、x-tグラフは比例(一定)
物体が動く速さが一定で、直線に動くこと
“地球上では近似値は作れるが、確実なものはない。
宇宙では等速直線運動ができ※重力がなく地球上と比べ1/7程度物体が少ないから それを使って半分の光年を動いている宇宙船もいる
事後アンケート(実際にやっていての気づき)
本当に実現するのは不可能な運動
同じ速度で進むこと
同じ運動(一定の速さで動いている)
速さが一定、v-tグラフがまっすぐになる。
等速で直線に進む、実際に実験をすると直線にならない。
等しい力が加わり続ける?
“グラフが原点を通らず、まっすぐ(よく見ると真っ直ぐではないかも)
等速直線運動を自ら作るのは難しい!”
“物体が速さを変えずに、まっすぐな道を進み続ける運動」のこと。
→速さが一定(速度の大きさが変わらない)進む方向も変わらない”
物体が一定の速度で最初から最後まで同じ速さで運動をする 速度が一定
物体が一定の運動を続けること、一直線に運動すること
速度が一定である。摩擦や空気抵抗があると速さは一定ではなくなる。
“案外等速直線運動にしないと…って思っていないほど意外と上手くできる無理やり”
本当に水平なところで水平なグラフがとれるわけじゃない 少し傾斜をつけたほうが水平になる 摩擦力がなくなるといい
等速直線運動とは、物体が一定の速さで、まっすぐな道を同じ向きに進み続ける運動のこと。速さが変わらないため、時間が2倍になれば進む距離も2倍になるなど、時間と移動距離は比例の関係になる。力が加わっていないわけではなく、摩擦などがなければ、物体はこのように動き続けるという考え方が、物理の基本になっている。
速さを変えずにまっすぐ物体が運動すること。
摩擦力というよりも、押す力が関係しているのかなと思った
前回の回答に加えて、運動に対してかかる抵抗を僅かな等加速度運動で相殺するというのがすごく良かったと思いました。
同じ速さでまっすぐ進みつづける動き。
少し傾けたところで走っている台車が同じ速度になること
等しい速度で直線運動すること。摩擦があっても再現することはできると思いました。また、摩擦を打ち消したり、モーターを使ったり、人力で調整することによって、摩擦とちょうど釣り合う力を与え続けることで再現できるとおもいました。
速さが変わらない一直線上の運動。
この運動を表すのはやはり難しかった
・摩擦力が原因かと思って平面の上にローションやら油やらを乗せたがあまり良い結果を出すことはできなかった”
摩擦力など周りの環境の影響を受けず、一定の速さで移動することなのかなと思った。
等速直線運動は、「速さが変わらず、まっすぐに進む運動」のことだと分かりました。たとえば、止まらずにずっと同じスピードで走る車などがこの運動にあたると思います。速さが変わらないので、移動する距離は時間に比例することも分かってきました。まだグラフの読み方など分からない部分もあるけれど、だんだん理解できてきた気がします。
同じ速さで一直線上を動く
“物体が一定の速さで、直線上を動いている
力が釣り合っている、または働いていない”
“現実でも作れる運動なのだとわかった
運動方向と逆にはたらく摩擦と、同じくらいの力を傾けることで運動方向にかけると、等速直線運動に近い運動が起こる?”
“VTグラフがx軸に平行な直線になる。
速さが一定。”
やっぱりね、等速直線運動させるときどうがんばっても少しは遅くなるから、それに加えて段差をつけて減少幅と加速幅を同じにさせることで優勝できた!!!
同じ速度で移動する、実現が難しい
今回の学習から油を引いたり氷などを使って摩擦を減らそうとしたがそれをしていない班の結果が良かったので摩擦を減らすことは関係ないのか他の力があるのかなどいろいろなことが考えられた。
同じ速さで動く、摩擦を受けると動きがとまるというのが知っていることでした。水平な状態で油や洗剤で摩擦を軽減させようとしましたが、洗剤の場合は泡ができてしまうのでそこで凹凸が生まれて進みづらくなり、一直線上にならなかったのではないかなと考えています。また力学台車を押す力が一定ではなかったのでそこをばねばかりを使って一定の時間にを保ちながら動かすようにすれば等速直線運動にできたのではないかとも考えています。
必ずしも水平な麺で運動中はなんのちからもかけずに運動させるのは重力があるから、運動中に力をかけて水平じゃなくてもいいから等しい速度で動かすことが等速直線運動だとわかった。
等速直線運動とは速度がいつでも等しく、向きはいつでも同じ位置。速度が途中で変わるのは、ラップで例えると小さな気泡が入ったりする、下っていくための条件が増えてしまっていたので、普通に小さな段差でくだらせるほうがよかった。
加速や減速をさせないように速度を一定にすればいいため、摩擦による減速を坂の重力加速度の分力で打ち消したり、モーターや手で一定に動かすことで実現できる。
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