「金髪の物理学者」と潜入! 日本最強の科学基地J-PARCで宇宙の謎に迫った2日間

サイエンストレーナーの桑子研です。毎日が実験。

「金髪の物理学者」と行く、最先端の科学基地。なんだかワクワクする響きだと思いませんか?

目には見えないほど小さな「素粒子」の世界を追い求め、宇宙のナゾを解き明かそうとする研究者。そんな、まるでSFの世界から飛び出してきたような先生と一緒に、日本が世界に誇る研究施設を訪れる――。今回は、本校で実施したそんな特別な課外講座の様子を、興奮さめやらぬままにご紹介します!

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今回、私たちを未知の世界へといざなってくださったのは、金髪の素粒子物理学者、多田将(ただ しょう)先生です。私自身が多田先生の素粒子の講義にすっかり魅了され、何度も通ううちに直接お声をかけ、このご縁が生まれました。お話が抜群にうまく、鋭い科学観や独自の人生観を持つ、本当に面白い方なんです。

「特別教養講座」は、一本の「坂道」から始まった

この「特別教養講座」は、教科書の中だけでは完結しない、本物の「知」に触れる体験を!と、2007年から有志の教員で行っている課外講座です。すべての始まりは、あるI先生が開講した「東京の地理」という講座でした。東京が台地と低地が入り組んだ「坂の街」であることに注目し、地図を片手にひたすら坂を巡る。なんともマニアックな企画でした(笑)。夏の暑さもあってか、参加者は5名ほど。

しかし、この小さな一歩が大きな広がりを見せます。

「坂の上から、浮世絵と今の景色を見比べたら面白いのでは?」という国語科のK先生(江戸専門)のアドバイスから、次のテーマは「明暦の大火」に決定。江戸を焼き尽くした大火災です。

「火災が広がった原因は、冬の北風では?」「その風は、坂や地形と関係があるのでは?」――ここで、理科(気象専門)の私に声がかかりました。地理、歴史、国語(浮世絵)、そして理科(気象学)。一つの「坂」から始まった学びが、教科の壁を越えてダイナミックにつながった瞬間でした。

こうして「講義+現地巡検」というスタイルが確立し、1日目に学校で講義と準備2日目に現地を巡検するという形で、毎年、長期休暇に実施してきました。(近年は部活動の都合も考慮し、1日企画も試みています。)

そうだ!多田将先生とJ-PARCへ行こう!

そして2015年。この講座は、また新たな一歩を踏み出します。

実はこの年、多田先生には一度「ドラえもん」を題材に、生徒の素朴な疑問に科学で答えてもらう講座をお願いし、これが中学生も参加するほどの大好評を博していました。そこで、第2弾として企画したのが、今回の「そうだ!多田将先生とJ-PARCへ行こう!」です。

J-PARC(ジェイパーク)とは、茨城県東海村にある「大強度陽子加速器施設」のこと。とてつもないエネルギーの粒子(陽子)ビームを使って、物質の根源や宇宙の謎に迫る、日本が世界に誇る最先端の科学基地です。

今回は、多田先生の専門である素粒子の講義と、先生がまさに研究活動をされているJ-PARCの見学をドッキングさせた、超豪華な講座となりました。当日の流れは、こんな具合です。

8月18日(火) 事前講義(多田将先生による素粒子の講義+J-PARCについての説明) 場所:本校内

8月20日(木) 校外見学(終日) 場所:茨城県東海村 J-PARC

7時32分 上野駅発
9時54分 東海駅着(バスに乗り込み)
10時10分 BNCT(中性子による癌治療設備)
10時50分 日本原子力研究所入構
11時00分 JRR-1(日本最初の原子炉)
11時30分 物質生命実験施設
12時00分 昼食
13時00分 ニュートリノ1次ビームライントンネル
14時00分 ターゲットステーション
15時00分 ニュートリノモニター棟
15時30分 原研出構
16時00分 東海駅にて解散

両日とも、中高生24名が参加。熱い2日間が始まりました。

「物理学者は『桁』しか気にしない」—旅の準備・事前講義

18日の事前講義。参加者の中には「素粒子って言葉、初めて聞いた!」という生徒も少なくありません。そこで多田先生は、原子の構造、原子核、そして今回の主役の一つ「ニュートリノ」について、基礎の基礎から丁寧に説明してくださいました。

宇宙や素粒子のスケールの話をするとき、多田先生が「人間を1mとすると…」とごく自然に話されたのを聞いて、生徒たちから「えっ?!」と驚きと笑いが。「人間が1m?!」と、その大胆なたとえに衝撃を受けたようです。

すかさず多田先生は、「素粒子学者は『桁』(ケタ)しか問題にしないんです」とニヤリ。私たちが「160cm」とか「1.2倍」とか細かく気にするのとは違い、ミクロの世界や宇宙を扱う物理学者にとっては、「10倍」なのか「100万倍」なのか、その「桁(ゼロの数)」こそが本質だ、というお話。この「物理学者スケール」の話に、生徒たちの視野は一気に広がったようでした。

また、「ニュートリノ(neutrino)」が「ニュー・トリノ」ではなく、「ニュート(neut = 中性)」+「リノ(rino = 小さな粒子)」というイタリア語が語源だと知り、「なるほど!」と納得していました。

講義の最後は、2日後に訪れるJ-PARCの施設解説。期待は最高潮に高まります。

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いざ、巨大科学の心臓部へ — 校外見学

20日。上野から電車で約2時間。生徒にとっては「ちょっとした遠足」を超える長旅でしたが、「普通は絶対に入れない施設」に行ける!という興奮が勝り、みな熱心に見学していました。

現地ではバスをチャーターし、広大な敷地を巡ります。

まず訪れたのは、BNCT。中性子を使って、がん細胞だけをピンポイントで攻撃する、夢のような最新がん治療の研究施設です。小型の加速器を隅々まで見せていただき、科学が「いのち」を救う最前線を目の当たりにしました。

その後、JRR-1(日本最初の原子炉)という歴史的な施設を見学し、いよいよメインの一つ、ニュートリノ1次ビームライントンネルへ。ここは地下深くに広がる巨大なトンネルです。事前講義で「すごいぞ」とは聞いていたものの、その規格外の「大きさ」と「静けさ」を前に、生徒たちはただただ圧倒されていました。

ターゲットステーションでは、様々な大学や企業が専用の実験棟(ブース)を持っている様子を見学。J-PARCが生み出す多様な粒子ビームを、皆が「利用」しに来ている「科学のデパート」のような場所でした。

最後は、巨大な穴の底にあるニュートリノモニター棟。ここで作られたニュートリノのビームが、なんと295km離れた岐阜県の「スーパーカミオカンデ」へと打ち込まれているのです。その壮大な実験スケールに、ただただ驚くばかりでした。

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BNCTの加速器の様子

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J-PARCの中性子を使った実験棟の様子

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ニュートリノモニター棟の様子

「教える」から「つなぐ」へ — 新しい学びの形

今回の講座は、多田先生という「本物の専門家」を主役にお招きし、私たち教員は一切授業をせず「運営」に回る、という初めての試みとなりました。

とはいえ、何もしなかったわけではありません。生徒たちが今どんな知識レベルで、どんな話に興味があり、何を学びたいと願っているのか。それを多田先生に的確に伝え、生徒と講師の間をスムーズに結ぶ「通訳者」であり「プロデューサー」としての役割に徹しました。

「講義(知る)+見学(触れる)」という講座の柱を大切にした2日間の日程は、26名もの生徒が集まり、アンケート結果からもその充実ぶりが伺えました。

正直なところ、私たち自身もこの講座の企画に「慣れ」てきてしまい、新鮮な感覚が失われつつある、という課題を感じていました。しかし、今回のように外部の専門家をお呼びすることで、私たち教員自身も知らない世界が垣間見え、新たな方向性を強く感じる企画となりました。

これからも、専門家を招いた講座を企画し、生徒たちに基礎知識だけでなく、本物の専門家が持つ「熱量」や「思考法」、そして「プレゼンテーション能力」に触れる機会を作っていきたい。いつの時代も、新しい形の「学び」を生徒たちに届けるため、私たちは挑戦を続けます。

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