人体は「歩くコンデンサ」だった!ドアでバチ!の静電気3000Vの謎を解き明かす
サイエンストレーナーの桑子研です。毎日が実験。
バチッ!冬の乾燥した日にドアノブに触れた瞬間、指先を走る鋭い痛み。誰もが一度は経験したことのある、あの静電気の正体、考えたことはありますか? 「こんなに痛いなんて、すごい電圧なんじゃないの?」「感電しちゃわないの?」そんな素朴な疑問の答えは、実は私たち自身の「体のつくり」に隠されていました。
今回は、人間が電気をどれだけ溜め込めるのか、#人間の電気容量 という、ちょっと不思議な世界を探検してみましょう!
人間は「電気をためる入れ物」だった!
意外に思われるかもしれませんが、私たちの体は電気を通す「導体」の一種です。というのも、体重の約60%を占める水分には、電気を運ぶイオンがたくさん溶け込んでいるから。そして、導体である以上、まるで充電池のように電気を溜め込むことができます。この電気を溜め込める能力の大きさを**電気容量(キャパシタンス)**と呼びます。
では、人間の電気容量はどれくらいなのでしょうか?専門書『静電気のABC』によると、その値は約100ピコファラド(pF)だそうです。
「ピコ」というのは、10−12
を表す単位。つまり1兆分の1です。100ピコファラドと言われてもピンときませんが、これは電子部品に使われる小さな小さなコンデンサと同じくらいの容量。つまり、人間という「電気の入れ物」は、見た目の大きさに反して、驚くほど小さいのです。
小さな入れ物だから、電圧はすぐに高くなる!
この「入れ物が小さい」というのが静電気のミソ。例えるなら、底面積の広い水槽と、細長い花瓶を想像してみてください。同じコップ一杯の水を注いだら、どうなるでしょうか?
同じ量の水を加えてみると、
(水槽:電気容量が大きい、花瓶:電気容量が小さい)
そう、花瓶の水位は一気に高くなりますよね。電気もこれと全く同じです。電気の量を「水量」、電圧を「水位」と考えると、電気容量が小さい人間は、ほんの少しの電気が溜まっただけで、電圧(水位)が急激に跳ね上がってしまうのです。
この「高電圧」は伊達じゃありません。例えば、下敷きや風船で体をこすって静電気を溜めるだけで、なんと消えている蛍光灯を一瞬光らせることまでできてしまうんです!
3000Vなのに、なぜ平気なの?
ドアノブで「バチッ!」と火花が飛ぶとき、私たちの体は約3000Vもの高電圧になっていると言われます。家庭用のコンセントが100Vですから、その30倍! なのに、なぜ私たちは感電して倒れたりしないのでしょうか?その秘密は、電圧という「勢い」の裏にある、電気の「量」にあります。
先ほどの花瓶の例えを思い出してください。水位(電圧)は高くても、注がれた水の量(電気量)そのものはコップ一杯分でしたよね。人間が溜め込んでいる電気の量も、計算してみると驚くほど少ないのです。
電気量Qは、電気容量Cと電圧Vを使って、Q=CV という式で計算できます。これに人間の電気容量(C=100×10^−12F)と電圧(V=3000V)を当てはめてみると…
たったの0.3マイクロクーロン!非常にわずかな量しかありません。
さらに、この電気が流れ出る時間も、まさに電光石火。人が「電気が流れた!」と感じる最低限の電流を #最小感知電流 といいますが、これを仮に10mA(0.01A)として放電時間を計算すると…
なんと、0.00003秒!100万分の30秒という、あまりに一瞬のできごとなのです。体に深刻なダメージを与える前に、放電はすべて終わってしまう。これが、高電圧なのに私たちが平気な理由です。
静電気の「本当の怖さ」とは?
では、静電気は全く怖くない?…残念ながら、答えは「ノー」です。危険なのは感電そのものではなく、それが引き起こす二次被害。
あの「バチッ!」という火花は、専門用語で #火花放電 と呼ばれる立派な放電現象です。もし、ガソリンスタンドのような可燃性のガスが漂う場所でこの火花が飛んだら…大惨事になりかねません。また、静電気の痛みに驚いて階段から足を踏み外したり、持っていたものを落としてしまったりする危険も考えられます。静電気の正体は、小さな入れ物(=人間)に溜まった、高電圧だけど量の少ない電気。その性質を知ることが、思わぬ事故を防ぐ第一歩になるのですね。
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