『アーロと少年』の「雲」はなぜ凄い? ピクサーのCG技術と理科教師の仕事術
サイエンストレーナーの桑子研です。毎日が実験。
「もし恐竜が絶滅していなかったら?」 そんな魅力的な世界を描いたディズニー・ピクサー映画、アーロと少年。みなさんはもうご覧になりましたか?私は恐竜好きなのはもちろんですが、今回は「CGでの自然描写がすばらしい」という噂を聞き、みてみました。

弱虫な恐竜アーロの成長物語に心温まる一方、私(理科教師)はまったく別の視点から、この映画に釘付けになりました。それは、CGで描かれた「自然」の姿。特に、空に浮かぶ「雲」です。なぜピクサーはそこまで「雲」にこだわったのか? そこには、科学の目で見るとさらに面白い、驚くべき技術の進化と、「未来」につながる大切な仕事のヒントが隠されていました。
心温まる王道のストーリー
ストーリー性は、いかにもディズニー(ピクサー)という感じがして、大きな驚きはない、王道の展開です。それがまた安心して見ることができ、面白かったです。
アーロという恐竜が試練を乗り越えて成長していく姿を見ていると、「ぼくたちはまだまだできることがあるのだな」という気持ちにもなりますし、人間の少年との友情が芽生えていく様子も、心が温かくなります。
おすすめ度としては、☆5つでいくと、個人的には☆4つです。
CGの常識を変えた「雲」の表現
その「+α」とは何か? それは、宣伝のとおり、自然描写の見事さです。CGの細かさも本当にすごいことになっていて、映画館に貼ってあったポスターを写真で撮ってきたのですが、こちらを見てみてください。

よくみると唇のカサカサ感まで表現されています。

奥歯まで作りこまれていますね。
中でも私が特に感動したのが、天気の変化です。主人公アーロの心象描写に合わせて天気が変化していき、からっとさわやかな日もあれば、嵐のような日もあり、それらが見事にCGで表現されています。「専門が気象物理だから、天気が気になるのかな?」とも思いましたが、それにしても、なぜこんなにリアルで美しいんだろう!そう思って帰ってから調べてみると、今回の映画では「雲」の描写に並々ならぬ力が入っているんだそうです。やっぱりそうだったか!

ピクサーが挑んだ「技術のバトン」
みなさんは、なぜ「雲」をCGでリアルに描くのが難しいかご存知ですか? 雲は単なる白い綿ではなく、無数の水滴や氷の粒が集まった「立体物」です。光がその内部で複雑に反射したり、通り抜けたり(散乱したり)することで、あの独特の「ふわふわ感」や「雄大さ」が生まれます。
かつての『トイ・ストーリー』のときの技術では、この複雑な雲をうまく作れず、空はのっぺりと青一色のような感じでした。ところが『アーロと少年』の場合は、何層もCGを重ねて、雲を立体的に見せているんだそうです。だから、光が透けたり、影ができたりする、本物のような雲が描けているんですね。
ピクサーの仕事を見ていると、作品ごとに毎回「技術的なテーマ」があります。『ファインディング・ニモ』のときには、水のCG表現への挑戦。 『モンスターズ・インク』のときには、サリーの毛並みの表現への挑戦。などなど、CGでリアルに表すテーマを決めて、挑戦を続けています。 そして、今回はそれが「雲」だったわけです。
おそろしいのは、それらの表現への挑戦は、次のCGアニメを作るときの「材料」になっているということです。『モンスターズ・インク』で挑戦した毛並みの表現は、『アーロと少年』で出てくる牛(バッファロー)の毛並みの表現にもつながっています。そして、『ニモ』で培った水の表現も、アーロを飲み込む激しい川の流れとして、しっかりと反映されています。
この「技術の蓄積」があるからこそ、アニメを作る際に、より低予算でも、私たちを感動させられる映画を作ることができるのでしょうね。
ピクサーに学ぶ「未来につながる仕事術」
ジブリのような手描きアニメのほうが、温かみがあってぼくは好きですが、予算や効率を考えると、長く続けることができるのはピクサーのようなスタイルかもしれません。彼らは、「次につながる未来の仕事を、今やること」を実践しています。
この姿勢を見て、教員もそのような仕事をする必要がある、と強く感じました。教員の毎日は本当に多忙です。しかし、教師としてはそれらの多忙さを減らし、毎日余裕を持てる時間を持っておく必要があります。なぜなら、突然入ってくる生徒関係の仕事など、予測不能な事態に対応するためです。
ですから、今日の教材研究は「未来の教材」へとつながっていて、次年度に少しでも同じ教材研究をしなくて済む工夫が必要になります。ぼくは教員になったばかりの頃、プリントが嫌いだったので、黒板をつかって授業を主にしていました。ですが、今はプリントを使いながら、黒板もつかって授業をしています。
その理由は、プリントを作るということが、未来へと繋がることがわかったからです。一度作れば、次年度に改良して使うことができますし、他の先生と共有することもできます。プリントがベストな方法ではないことはわかりますが、それでも「作ること」が未来の仕事を楽にすることに繋がりますよね。
このブログに科学ネタをまとめているのも、実は生徒との雑談のタネを見つけることや、実験ネタを蓄積して授業に活かすことが目的だったりします。まだまだできないこと、できていないことが多いのですが、ピクサーの仕事(技術の蓄積)を真似して、目の前の仕事を「未来につながる仕事」に変えていこうと、なぜかこの映画をみたあとに改めて思いました!
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