その「感覚」、実は間違い? 物理の授業でつまずきやすい”誤概念”

桑子研
サイエンストレーナーの桑子研です。毎日が実験。

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「物理」の分野は、直感的に理解しにくい概念が多く、教える側としても頭を悩ませることが多いのではないでしょうか。「なぜこうなるの?」「感覚と違う!」といった子どもたちの素朴な疑問の裏には、実は多くの**「誤概念」**が潜んでいます。私たちの日常の経験や感覚は、時に物理現象を正しく理解する上で大きな壁となることがあるのです。

例えば、「止まっているものには力が働いていない」「重いものほど速く落ちる」といった考えは、多くの人が無意識のうちに抱いている「感覚」かもしれません。しかし、これらは物理学の基本法則からすると、明確な間違いです。これらの誤概念は、一度定着してしまうと、その後の学習内容の理解を妨げ、生徒たちの「なぜ?」という探究心にブレーキをかけてしまうことにもなりかねません。

そこで今回は、中学校の理科でつまずきやすい物理の主な誤概念に焦点を当て、その原因と、子どもたちの「なるほど!」を引き出すための指導のヒントを、具体的な例を交えながらご紹介します。これらの誤概念を紐解き、生徒が物理の面白さ、奥深さに気づくきっかけを提供しましょう!

1.「動き」と「力」にまつわる誤解:なぜ物体は止まるのか?

物理を学び始めた子どもたちが最も抱きやすい誤解の一つが、運動と力に関するものです。私たちの日常では、動いているものはやがて止まりますし、重い物を持ち上げるには大きな力が必要です。しかし、これらは「抵抗」や「重力」といった特定の力が働いているからこそ起こる現象であり、普遍的な物理法則ではありません。

  • 「物体が運動を続けるには常に力が必要である」/「運動している物体にはその向きに力が働いている」 これは慣性の法則に対する誤解です。空気抵抗や摩擦がない理想的な状況では、物体は一度動き出せば、力が加えられなくても等速直線運動を続けます。生徒たちは、ボールがやがて止まるのは「力がなくなったから」と考えがちですが、実際には空気抵抗や地面との摩擦といった抵抗力が働いているためです。また、飛んできたボールをキャッチした時に「ドスン」という衝撃があることから、「動いているボールには力があり、止まると力がなくなる」と感じる子もいますが、これはボールの運動量が変化する際に生じる力積を感じているのです。
  • 「移動中にジャンプをすると壁にぶつかる」 新幹線の中でジャンプをすると、壁に激突するのではないかと考える子もいますが、これは誤解です。ジャンプしたあなた自身も新幹線の速度で移動しているため、車内でジャンプしても、新幹線に対しては真上に飛び上がって同じ場所に着地します。窓の外の景色を見れば、放物線を描いて移動していることがわかりますが、新幹線の中のあなたと空気は一緒に動いているため、ぶつかることはありません。
  • 「力が大きいほど速度が速い」 力は加速度を生み出すものであり、物体の速度そのものを決定するものではありません。力がはたらき続ければ、物体の速度は変化(速くなったり遅くなったり、向きが変わったり)しますが、力がなくなっても、物体はそれまでの速度で等速運動を続けることが可能です。
  • 力が大きい方が勝つ 押し合いをしている時に、AがBを押していると(Aが勝っている)、AがBを押す力が大きいから勝っていると捉えがちですが、実際はAがBを押す力とBがAを押す力は同じです(作用反作用の法則)。Aが勝っているのは、Aが地面を蹴る力が大きいためです。
  • 「重いものほど速く落ちる」 これはアリストテレス以来の古典的な誤解です。もし空気抵抗がなければ、羽も鉄球も、全ての物体は重さに関係なく同じ加速度(重力加速度)で落下します(自由落下)。宇宙飛行士が月面で行ったハンマーと羽根の落下実験は、この事実を視覚的に示してくれる良い例です。
  • 「カーブを曲がる車には、外向きの力がはたらいている」 これは遠心力に関する誤解です。実際には、車がカーブを曲がるためには、常にカーブの内側に向かう向心力が必要です。私たちが外向きに感じる力は、慣性によって直進しようとする性質(慣性力)によるものです。

2.「エネルギー」にまつわる誤解:消えるエネルギー、使い切る電気?

「エネルギー」もまた、日常会話で使われる意味と物理的な意味が異なり、誤解を生みやすい概念です。

  • 「エネルギーは消費される、使い切られる」 物理学では、エネルギーは形を変えるだけで、総量としては常に保存されますエネルギー保存の法則)。例えば、私たちが「エネルギーがなくなった」と感じるのは、利用可能な形態のエネルギー(例えば、電気エネルギーが運動エネルギーに変換された後、摩擦などによって熱エネルギーに変わるなど)が、目的とする用途に使いにくい形に変わってしまったという意味であり、エネルギーそのものが消滅したわけではありません。
  • 「電気は消費される」 これもエネルギー保存の法則と同様です。電気エネルギーが熱や光、運動エネルギーなど、別の形態のエネルギーに変換されるだけであり、電気が「なくなる」わけではありません。
  • 「エネルギーは燃料の中にあるもの」 エネルギーは物質そのものの中に含まれているのではなく、物質の**状態や位置、運動によって「持っている」**と表現されます。例えば、ガソリンは燃焼することで化学エネルギーを熱エネルギーなどに変換する「能力」を持っています。

3.「熱」と「温度」にまつわる誤解:熱いものが熱を多く持っている?

熱と温度も混同されがちですが、これらは異なる概念です。

  • 「熱いものは熱を多く持っている、冷たいものは熱を持っていない」 はエネルギーの移動形態であり、物体が「持っている」のは内部エネルギーです。温度は内部エネルギーの平均的な目安ですが、熱量(移動したエネルギーの量)とは異なります。例えば、小さなコップのお湯と大きな浴槽のお湯では、浴槽の方が温度は同じでも圧倒的に多くの内部エネルギーを持っています。
  • 「温度計の目盛りは熱の量を示している」 温度計はあくまで分子の熱運動の活発さの目安である温度を示しており、熱量(移動したエネルギーの量)を示しているわけではありません。

4.「光」と「音」にまつわる誤解:目は光を出す?

私たちの身近な現象である光や音も、意外な誤解があります。

  • 「光は目から出ている、または目が見るもの」 実際には、光は光源(太陽、電灯など)から発せられ、それが物体に反射して目に入ることで、私たちは物体を認識しています

5.「重力」にまつわる誤解:宇宙には重力がない?

重力は宇宙のあらゆる場所で作用する基本的な力ですが、その理解もまた誤解されがちです。

  • 「重力は地球上でのみはたらく」 重力は質量を持つすべての物体間に作用する力であり、地球上だけでなく、宇宙空間のあらゆる場所ではたらいています
  • 「無重力とは重力が全くない状態のこと」 宇宙ステーション内などでの「無重力」状態は、実際には地球の重力が全くないわけではありません。物体が地球の周りを高速で移動しながら**自由落下している状態(微小重力状態)**を指します。地球の重力と、円運動による遠心力が釣り合っているために、あたかも重力がないかのように感じられるのです。

誤概念を乗り越え、物理の面白さを伝えよう!

これらの誤概念を解消するためには、子どもたちの直感に訴えかけるような実験や、日常現象と物理法則を結びつけた具体的な例を提示し、繰り返し議論する機会を設けることが非常に重要です。

  • 実験を通して「体感」させる: 空気抵抗をなくした真空中で羽根とボールが同時に落下する映像を見せる、慣性の法則を実感できる台車を使った実験を行うなど、言葉だけでは伝わりにくい概念を体感させる工夫が効果的です。
  • 日常の「なぜ?」を物理で解き明かす: なぜ自転車はこぎ続けなくても進むのか? なぜブランコは止まってしまうのか? といった日常の疑問を物理の視点から解説することで、学習への興味を引き出すことができます。
  • グループワークや議論を促す: 子どもたち同士で自分の考えを話し合い、異なる意見に触れることで、誤概念に気づき、より深い理解へと導くことができます。

物理は決して難しいだけの学問ではありません。私たちの身の回りの現象を解き明かす、ワクワクするような学問です。ぜひ、これらのヒントを参考に、生徒が物理の面白さに夢中になる授業を考えていきましょう。

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