「歴史」は計算できるか?アシモフが描いた究極のシミュレーション
サイエンストレーナーの桑子研です。毎日が実験。
「未来を予知する」ことは、科学の力でどこまで可能なのでしょうか?
SF小説の金字塔として名高い作品ですが、理科教師の視点で読んでみると、現代の科学、特に「複雑系」や「シミュレーション」の分野に通じる鋭い洞察に満ちていました。今回は、物語の面白さだけでなく、そこに含まれる科学的な思考実験についてご紹介します。
今回紹介をするのはアイザック・アシモフの『ファウンデーション』です。

銀河帝国の興亡と「心理歴史学」
舞台は、銀河全体を支配し、1万2千年も続いた強大な銀河帝国。しかし、その繁栄の陰で、静かに、しかし確実に崩壊の足音が近づいていました。主人公である天才数学者ハリ・セルダンは、「心理歴史学」という架空の学問を用いて、帝国の崩壊を予言します。この学問の根本にある考え方が非常に科学的で面白いのです。
それは、「人間一人の行動を予測することは不可能だが、何兆人もの人間集団の行動であれば、統計的に予測可能である」というもの。 これは、物理学でいう「気体分子運動論」に非常によく似ています。空気中の酸素分子一つひとつの動きを知ることはできませんが、部屋全体の空気(大量の分子の集まり)がどうなるかは、温度や圧力として正確に計算できるのと同じ理屈です。
セルダンの計算によると、このままでは帝国は滅び、文明は後退し、3万年にも及ぶ暗黒時代(混乱期)が訪れることがわかりました。そこで彼は、その暗黒時代をわずか1000年に短縮するため、銀河の最果ての惑星に科学者たちを移住させ、人類の叡智を保存する「ファウンデーション(基礎)」を設立するのです。
物語は、セルダンの死後、彼の予測通りに衰退していく帝国と、その荒波に揉まれるファウンデーションの人々の数世紀にわたる歴史を描きます。政治家、宗教家、商人たちが、知恵と科学を武器に歴史の修正に挑む姿は、さながら壮大な歴史ミステリーです。
天気予報と心理歴史学の意外な共通点
SFエンターテインメントとして超一級品の本作ですが、私が最も感銘を受けたのは、「個別の小さな事象は予測不能でも、全体の大きな流れは予測できる」という科学的な視点です。
これは、私たちの身近な「天気予報」と「気候変動予測」の関係によく似ています。
みなさんもご存知の通り、天気予報は1週間先を当てるのでさえ困難です。これは「カオス理論」でよく語られる話ですが、少しの風の吹き方の違い、極端に言えば「蝶が羽ばたく程度の微細な空気の乱れ」が、数日後の遠くの場所で台風を引き起こす引き金になるかもしれないからです。 計算に使う数式が非常に敏感であるため、最初のわずかな誤差が、時間の経過とともに雪だるま式に大きくなり、1週間もすれば予測不能になってしまうのです。これを「バタフライ・エフェクト」と呼びます。
しかし一方で、私たちは「100年後の地球の平均気温」をある程度予測することができます。 「来週の火曜日が晴れか雨か」はわからなくても、「二酸化炭素濃度がこれだけ増えれば、地球全体の熱エネルギーはこれだけ増える」という物理的な計算は可能だからです。これを古気候学のデータなどと組み合わせて、スーパーコンピューターで積分計算を行うことで、数十年、数百年先の地球の姿(モデル)を描き出すことができます。
アシモフが描いた「心理歴史学」も、まさにこれと同じです。 「来年の選挙で誰が勝つか」は予測できなくても、「人類という巨大な集団が、資源不足や技術衰退に直面したとき、歴史的にどう動くか」は計算できるかもしれない。 私たち人間も自然現象の一部であると捉えれば、コンピューターの進化の先には、人類史の長期予報が可能になる未来があるのかもしれません。
非常に知的刺激に満ちた一冊です。理系・文系を問わず、高校生以上の方ならきっと楽しめると思います。ぜひ手にとって、数万年規模の思考の旅に出かけてみてください。
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