昭和に愕然!おそばタワーを倒さずに多く運ぶための3つの科学的なコツ(セイロタワーの物理学)

サイエンストレーナーの桑子研です。毎日が実験。

自転車の上に、そびえ立つ蕎麦のセイロの塔。片手でハンドルを操りながら、まるで体の一部のように荷物を運ぶ出前の職人さん。その姿を見て、「どうして崩れないんだろう?」と不思議に思ったことはありませんか?昭和の街角で実際に見られたこの光景、マンガやテレビでも何度も登場しましたね。こちら昭和の写真ですが、蕎麦の出前の様子です。これ、実際の写真ですよ!?

出典:鯉太朗 お散歩日記

「すごい!曲芸みたい!」

「いったい、どこまで高く積めるんだろう?」

実は、あの神業のような光景は、魔法でも曲芸でもなく、物理学の法則に裏打ちされた、計算され尽くした技術なのです。職人さんは長年の経験を通じて、知らず知らずのうちに「物理の達人」になっていたのですね。今回は、お蕎麦屋さんの伝統技術に隠された「絶対にタワーを崩さない!3つの物理のコツ」を、科学の視点から紐解いていきましょう。

なおこのお蕎麦タワーについて、以下の理論を説明したら、実際にテレビ局で取り上げてくれてやってもらいました。こちらの記事も併せてご覧ください。

【監修・出演】そばの出前は何人前まで運べる?物理学が導いた107人前超えへの挑戦「バカリズムのちょっとバカりハカってみた!」(テレビ東京)

お蕎麦タワーの物理学:3つの重要なポイント

1.【安定のキホン】セイロが「ずれない」ようにする

お蕎麦タワーを安定させるための絶対条件、それは何よりも「ずれ」を防ぐことです。セイロが少しでもずれると、タワー全体の重心(重さの中心)が傾き、バランスを失って一気に崩壊してしまいます。では、どのくらいまでなら、ずれても大丈夫なのでしょうか?
その秘密は、「支持基底面(しじきていめん)」という考え方にあります。

これは、物体を支えている底面の面積のことです。ジェンガを想像してみてください。下のブロックの真上に積んでいるうちは安定していますが、少しずつずらしていくと、ある瞬間にガシャン!と崩れますよね。


お蕎麦タワーも同じで、あるセイロから上にあるすべてのセイロの重心が、その真下にあるセイロの支持基底面からはみ出さない限り、理論上は倒れません。これはビルの設計や、サーカスの一輪車乗りにも共通する原理です。具体的な対策としては、次の2つが効果的です。

底面が広いセイロを選ぶ → 支持基底面が広くなり、安定性が格段にアップ!多少重心がずれても倒れにくくなります。

滑り止めシートなどを敷いて、摩擦力アップ! → ずれにくくなります。

この「重心」と「支持基底面」の関係は、本の積み方などでも応用できます。より詳しくは、こちらの記事もご覧ください。

なぜ落ちない?物理法則で組み上げる「無限ブックタワー」の作り方(本の積み方)

2.【安定の奥義】積み方を工夫して「重心を低く」する

タワーの重心が高ければ高いほど、少しの揺れや傾きで倒れやすくなります。逆に、重心を低く保つことで、安定性は劇的に向上します。これは、何度押しても起き上がる「起き上がりこぼし」や、地面に張り付くように走るF1カーが倒れにくいことと同じ原理です。

左図 少しの傾きで倒れる

右図 かなり傾けないと倒れない

さらに重心が低いと、お蕎麦タワーを運ぶ際の自転車の加速や減速、カーブで生じる「慣性力」や「遠心力」によってタワーを倒そうとする力のモーメント(回転させる力)が小さくなります。その結果、タワーは倒れにくくなり、運ぶ人の負担も軽くなるのです。

つまり、エジプトのピラミッドが何千年もの間、安定して建ち続けているように、下の方を重く・広く、上に行くほど数を減らす「ピラミッド型」に積むのが最も賢い方法なのです。職人さんが自然とこの積み方を身につけていたというのは、経験と物理が見事に一致した瞬間といえますね。

出典:昭和 on Pinterest

3.【達人の領域】タワーを「体に近づけて一体化」させる

最後のコツは、タワーを体に密着させて固定することです。「運ぶ人+自転車+お蕎麦タワー」のすべてを合わせた重心が、常に自転車のタイヤが地面に接するわずかな面積(支持基底面)の真上にくるようにコントロールすることで、転倒を防ぐことができます。

ピンクが支持規定面 左の図はそこの上に重心があるので転倒しない。

右の図は、重心が支持規定面よりもはみ出しているので、転倒する。

出典:‎jiten.kurumaya-soba.com

職人さんは、タワーを体の一部として扱い、全身でバランスを取ることで、この重心を巧みに操っているのです。ちなみに、タイヤが太いマウンテンバイクの方が支持基底面が広くなるため、細いロードバイクより安定しやすくなります。

また重い荷物を持つとき、荷物を体から離して持つより、体に引き寄せた方が楽に持てますよね?これは「てこの原理」で、支点(体)と力点(腕)の距離が近くなり、必要な力が小さくて済むからです(力のモーメントのつり合い)。

物体の重心と人の重心はできるだけ近づけてあげた方が、垂直方向・水平方向ともに、振動などの揺れに対してコントロールしやすくなります

プロの職人技に潜む、さらなる物理法則

これまで見てきた3つのコツ以外にも、職人さんのスムーズな動きには、様々な物理法則が隠されています。

【慣性の法則・慣性力】発進・停止のときの注意点

電車が急発進すると体が後ろに持っていかれ、急ブレーキで前につんのめる……あれが慣性です。物体は今の運動状態を続けようとします。だから職人さんは、急発進や急ブレーキを避け、ゆっくりと滑らかに加減速することで、セイロがずれるのを防いでいるのです。スポーツ選手が「力を抜いてなめらかに動く」ことを大切にするのと、同じ理屈ですね。

【遠心力・慣性力】曲がるときの注意点

カーブを曲がるとき、タワーには外側に飛び出そうとする遠心力が働きます。バイクレーサーのように体を内側に傾けることで、遠心力と釣り合う向心力を生み出し、見事にタワーのバランスを保ちます。コーナリング中に自然と体を傾けているのは、まさに物理の教科書そのものです。

【力積】衝撃を吸収する達人ワザ

野球で速いボールをキャッチするとき、グローブを少し引いて捕りますよね。あれはボールが止まるまでの時間を長くして、手に伝わる衝撃を和らげるためです。職人さんも同様に、腕や膝をクッションのように柔らかく使い、路面の凹凸による衝撃を吸収していたはずです。エアバッグや荷物の梱包材も、まったく同じ「力積」の考え方で衝撃を逃がしています。

一見するとお蕎麦屋さんとは無関係の物理。しかし、プロの職人技は、長年の経験の中で、無意識のうちに物理法則を最大限に活用した、最も合理的で美しい動きに収斂していくのですね。日常の中に隠された科学の面白さ、感じていただけたでしょうか?ぜひ皆さんも、身の回りにある「なぜだろう?」を探してみてくださいね!

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