電車の「グラッ!」も無重力もコレが原因!日常に潜む不思議な力「慣性力」の正体【慣性力の公式】

サイエンストレーナーの桑子研です。毎日が実験。

電車でグラッ!コーヒーカップで体が外側に引っ張られる!私たちの日常にあふれる「不思議な力」の正体、それは「慣性力(かんせいりょく)」と呼ばれる、ちょっぴり特別な力です。実はこの力、宇宙飛行士が体験する無重力状態や、地球が太陽の周りを回り続ける壮大な宇宙の法則にもつながっています。さあ、目には見えないけれど確かに感じる、この不思議な力の謎を一緒に解き明かしていきましょう!

F = -ma 加速している人だけが感じる不思議な力

慣性力=質量×観測者の乗っている物体の加速度

電車に乗っているときを思い出してください。発車する瞬間、誰かに押されたわけでもないのに、ぐっと後ろに引かれるような力を感じますよね。逆にブレーキがかかると、今度は前のめりになってしまいます。ふと見上げたつり革も、あなたと同じように進行方向とは逆に傾いています。この不思議な力の正体が「慣性力」です。

「慣性」とは、もともと「今までの状態を続けようとする性質」のこと。止まっているモノは止まり続け、動いているモノは同じ速さで動き続けようとします。電車が急に動き出しても、あなたの体や空き缶は「まだそこにいたい!」と、その場に留まろうとするのです。その結果、電車だけが前に進むので、まるで後ろ向きの力が働いたように感じる、というわけです。

この慣性力は、電車のように加速度運動している乗り物の中にいる人だけが感じる「みかけの力」という、とても面白い性質を持っています。

視点を変えれば世界が変わる!AさんとBさんの物語

駅で止まっていた電車が、あるとき動き始め、加速度2m/s2で加速したとします。電車の中にはAさんが、ホームにはBさんがいます。摩擦のない床に置かれた空き缶は、二人からどう見えるでしょうか?こちらの動画をご覧ください。

ホームにいるBさんの視点
Bさんからは、電車が動き出す様子が客観的に見えます。「おっと、電車が動き出した。Aさんが2m/s2の加速度で、その場に静止している空き缶に近づいていくぞ。」

Bさんから見れば、空き缶には何も力は働いていません。ただ「慣性の法則」に従って、静止し続けているだけです。動いているのはAさんと電車の方なのです。

電車に乗っているAさんの視点
一方、自分は動いていないと感じているAさんには、全く違う光景が広がります。「あれ!? 誰も触っていないのに、空き缶が僕に向かって2m/s2の加速度で飛んできた!」

Aさんにとっては、自分ではなく空き缶が動いたように見えます。質量を持つ空き缶が加速度を持って動いたのですから、そこには何らかの力が働いたはずです。この、Aさんが感じた「みかけの力」こそが慣性力なのです。

空き缶の質量を0.05kg(50g)とすると、Aさんが感じた慣性力は、運動方程式(力=質量×加速度)から、F=ma=0.05×2=0.10Nと計算できます。

そして、この力が働く向きは、電車が加速した向きとは「逆」でしたよね。だから慣性力の公式には、「加速度とは逆向きにはたらくよ」という意味を込めて、マイナス(-)の符号がついています。

慣性力 = -ma

この力は、Aさんのような加速する乗り物に乗った観測者だけが感じる特別な力なので、壁を押したときに押し返されるような「反作用」はありません。

地球上で重力を消す方法──無重力体験の秘密

慣性力は、私たちの体重の感じ方さえも変えてしまいます。

エレベーターで体重が変わる!?

エレベーターに設置された体重計に乗ることを想像してください。質量50kgのあなたの体重は約500Nです。(体重計の[kg]という表示は、正確には[kg重]という力の単位で、1kg重はおよそ9.8Nです。)

エレベーターが上向きに2m/s2で加速すると、体はぐっと下に沈み込むような、重くなった感覚がありませんか? これは、あなたの体が上に加速するのと逆向き、つまり下向きに慣性力を受けるからです。

このとき、あなたが感じる力のつり合いは、

(上向きの力)=(下向きの力)
垂直抗力(体重計が示す値)= 重力 + 慣性力(ma)
N=500N+(50kg×2m/s2)=600N

なんと、体重計の表示は60kgに増えてしまいます!

逆に、エレベーターが下向きに加速すると、今度は体がフワッと浮くような、軽くなった感じがしますね。これは、上向きに慣性力が働くためです。

垂直抗力 + 慣性力(ma) = 重力
N=500N−(50kg×2m/s2)=400N

今度は体重計の表示が40kgに減りました。ジェットコースターの落下する瞬間の、あの内臓が浮き上がるような感覚は、まさにこの強力な上向きの慣性力によるものなのです。

無重力は「自由落下」で作られる

では、もしエレベーターのワイヤーが切れて、重力加速度9.8m/s2で自由落下したらどうなるでしょう?あなたの体には、下向きに500Nの重力が働くと同時に、上向きに慣性力が働きます。その大きさは、

慣性力 = 50kg×9.8m/s2= 490N

となり、ほぼ重力と同じ大きさです。

下向きの重力と上向きの慣性力が互いに打ち消し合い、あなたは体重計を押す力(垂直抗力)がゼロになります。これが「無重力状態」です。
宇宙飛行士の無重力訓練は、まさにこの原理を利用しています。大型飛行機で急上昇したあと、エンジンを切り放物線を描くように自由落下することで、機内に数十秒間の無重力空間を作り出しているのです。

慣性力と遠心力のつながり

遊園地のコーヒーカップや、車の急カーブで体が外側に押し付けられる力、あれを「遠心力」と呼びますよね。実は、この遠心力も慣性力の一種なのです。

物体が円運動をするためには、糸で引っ張る力やレールの壁など、常に円の中心に向かって引きつけ続ける「向心力」が必要です。ハンマー投げでは選手がハンマーを引く「張力」が、地球が太陽の周りを回るときは「万有引力」が向心力の役割を果たしています。

中心に向かう向心力があるということは、運動方程式(F=ma)から考えて、円運動する物体の加速度は常に円の中心を向いていることになります。

さあ、ここで慣性力の出番です。
コーヒーカップに乗っているあなたは、円運動という「常に中心に向かって加速し続ける」乗り物に乗っています。ということは、あなたは加速度とは逆向き、つまり円の外側に向かう慣性力を感じるはずです。

これこそが遠心力の正体です! 遠心力とは、円運動における慣性力の特別な名前だったのですね。

日常で感じる不思議な現象から、宇宙の法則まで、すべては「慣性力」という一本の線でつながっています。次に電車やエレベーターに乗ったときは、ぜひこの目に見えない力の存在を体で感じてみてくださいね。

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