さよならボルタ電池? 教科書には載らない「複雑な真実」を解説!

桑子研
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電池の導入素材として長らく親しまれてきた「ボルタ電池」について、私たちが抱いているイメージと、実際の科学的な振る舞いの間に、実は深い溝があることをご存じでしょうか? 2017年の学習指導要領の改訂で、中学校3年「化学変化と電池」の導入素材が、これまでのボルタ電池から実用的なダニエル電池(銅―亜鉛電池)へと変更さました。

長年、多くの教科書で「電池の基本」として紹介されてきたボルタ電池ですが、その見かけのシンプルさとは裏腹に、極めて複雑な現象の宝庫なのです。正直なところ、ボルタ電池を中学校理科の導入素材として適切だと考えるのは難しいとさえ思っています。今回は、このボルタ電池がなぜそんなにも複雑で、指導上注意すべき点が多いのか、そしてなぜダニエル電池への移行が歓迎されるべきなのかをまとめました。

参考にしたのはこちらの論文です。化学と教育2017「電気化学のしくみ」渡 辺 正

見かけによらず複雑なボルタ電池の「落とし穴」

ボルタが1800年ごろに発明したとされるボルタ電池は、一般的に「亜鉛板と銅板を電極とし、硫酸などの電解質水溶液に浸したもの」として図で示されますよね。高校の教科書などでは、「起電力は最初1.1Vだが、回路を閉じるとすぐ0.3~0.4Vに下がる。その現象を分極という」といった説明がされることがあります。しかし、この「説明」にはいくつかの「正しくない」点が含まれているそうです。

まず、理想的なボルタ電池の起電力について考えてみましょう。もし図示される原理通りに、例えば0.1 mol/Lの硫酸溶液を用いた場合、起電力(電流がゼロの状態での電圧)は約0.7Vとなるはずです。教科書などで言及される「1.1V」という数値は、多くの先生方にとって疑問符がつく点かもしれません。

実際に試してみたところ、起電力は0.815Vでした。

そして、回路を閉じて放電が始まると、電圧が急激に低下する現象が起こります。実際に電流を流してみると、0.231Vまで電圧が下がってしまいました。

色々な金属板で組み合わせてみたときの結果がこちらです。モーターをまわすと、わずかに回る程度、またオルゴールをながすと、ギリギリ音が出るが ぶー という感じで、メロディーにならない程度でした。ボルタ電池の分極の現象が起こっていることが考えられます。

この現象は確かに起こりますが、そのメカニズムと、「分極」という言葉の使い方が重要です。放電中に一定の電流が流れると、銅電極上では水素が発生します。このとき、銅電極に水素過電圧(水素イオンが水素ガスになる際に、理論的な電位よりも余分に必要となる電位差のことで、約0.4V程度とのこと)が生じ、これが電圧低下の主な原因となって、最終的に約0.3V程度の電圧になるのです。

ここで問題となるのが、高校教科書などで使われる「分極」という言葉です。専門的な文脈での「分極」は、電極反応によって電極電位が平衡電位からずれる現象全般を指すことが多く、これを分極というのは無理があるとのことです。この点を生徒に伝える際には、より厳密な言葉選びが求められます。

さらに、作成直後のボルタ電池が一時的に1Vを超える電圧を示すことがあるのは、銅の表面に**微量の酸化銅(Cu₂OやCuO)**が存在しているためと考えられます。これらの酸化物が短時間還元される反応が、亜鉛極の電位との差を一時的に拡大させ、測定電圧を上昇させるのことがあるそうです。ボルタ電池の実際の振る舞いが、単純な亜鉛と銅の電位差だけで説明できない複雑さがあります。

そして、実験で実際にボルタ電池を作製した際、亜鉛電極上でも水素が発生することがありますよね。これは、**亜鉛の溶解(局部電池反応:Zn + 2H⁺ → Zn²⁺ + H₂)**が活発に進むためであり、生徒が銅電極上で起こるH⁺還元(水素発生)と混同してしまう可能性も十分に考えられます。

実際に亜鉛板と銅板と塩酸でボルタ電池を作ってショートさせてみると気体がみるみると発生してきました。

このように、ボルタ電池は、熱力学の基礎を教えない高校化学でさえ説明が難しいほどの、複雑な現象のオンパレード。これらの複雑な現象を伴うボルタ電池を、中学校の理科で「電池の基本」として導入することは、生徒の混乱を招き、かえって本質的な理解を妨げてしまう恐れがあります。

ダニエル電池への移行がもたらす恩恵

こうしたボルタ電池の複雑さを考えると、2017年の学習指導要領の改訂で、導入素材がより「実用的」で「理解しやすい」ダニエル電池(銅―亜鉛電池)へと変更されました。ダニエル電池は、異なる電解液(硫酸亜鉛水溶液と硫酸銅水溶液)をセパレーター(素焼き板など)で隔てることで、電極反応がそれぞれの電極上で明確に進行し、生徒がより純粋な電気化学の原理を理解しやすくなります。電圧も安定しており、ボルタ電池のような複雑な副反応や過電圧の影響が少ないため、生徒は安心して電池の仕組みを学ぶことができます。

ボルタ電池の歴史的意義は認めつつも、探究的に、色々な金属板で試してみよう!くらいに留めておくのが良いかなと思います。

意外な組み合わせで最強電池を探究!(ダニエル電池やボルタ電池の前にやっておこう)

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