茶畑の巨大な扇風機の正体は?新芽を守る「熱い」戦いと科学の仕組み(防霜ファン・放射冷却)

サイエンストレーナーの桑子研です。毎日が実験。

静かな茶畑にすっくと立ち並ぶ、高い柱と大きなプロペラ。まるで広大な緑の海に現れたミニチュアの風力発電所のようですが、実はこれ、美味しいお茶を守るための「守護神」なのです。以前、生徒たちを連れて東京の茶畑を見学した際、一人の生徒が不思議そうに質問してくれました。「先生、なんであんなところに扇風機があるのですか? お茶の葉っぱが暑がっているんですか?」

実はその逆。この扇風機は、お茶の葉が「寒さで凍えてしまう」のを防ぐために設置されているのです。

この装置の名前は「防霜ファン(ぼうそう)」。その名の通り、霜を防ぐための風を起こす装置です。 お茶農家さんにとって、春先の霜は最大の天敵です。これから美味しいお茶になるはずの柔らかい「新芽」が凍ってしまうと、細胞が壊れて死んでしまうからです。これを「凍霜害(とうそうがい)」と呼びます。

では、なぜ風を送るだけで霜が防げるのでしょうか? その鍵は、夜の地球が宇宙へと熱を逃がす不思議な現象にあります。

放射冷却について

地球上のあらゆる物体は、常に「熱を光(電磁波)として放り出している」という性質を持っています。物理学ではこれを「熱放射」と呼びます。

太陽: 非常に高温なので、まぶしい「可視光線」として莫大なエネルギーを放出し、地球を温めます。

地球(地面): 太陽よりはるかに低温ですが、目に見えない「赤外線」として、常に宇宙空間へ熱を逃がし続けています。

なぜ夜になると急に冷え込むのか、熱を「お金の入出金」に例えて考えてみましょう。

昼間: 入る熱(太陽放射) > 出る熱(地球放射)。結果、地面の貯金(温度)は増えます。

夜間: 入る熱(ゼロ) < 出る熱(地球放射)。結果、出ていく一方なので、地面の温度はどんどん下がります。

これが「放射冷却」と呼ばれる現象の正体です。

この放射冷却を大きく左右するのが「雲」の存在です。

曇りの夜: 地面から放たれた赤外線(熱)が雲に当たり、その多くが反射されたり、雲自体が熱を吸収して再び地面へ送り返したりします。つまり、雲が「毛布」の役割をして冷え込みを防いでくれるのです。

晴天の夜: 熱を遮るものが何もないため、地面からの赤外線はそのまま宇宙空間まで逃げていってしまいます。これを専門用語で、熱が「大気の窓」を通り抜けると言います。

実は空気には「熱を伝えにくい(断熱材のような)」という性質があります。そのため、宇宙へ向かって直接熱を逃がしている地面そのものがまずキンキンに冷え、その地面に触れている足元の空気だけが後から冷やされます。すると、地上数メートルの場所にはまだ「暖かい空気」が残っているのに、地面付近だけが氷点下になるという「気温逆転現象」が起こるのです。

なぜ霜が降りると植物がダメになってしまうのか

春は、北から冷たい空気が流れ込みやすく、夜に空が晴れ渡ると一気に冷え込みます。ここで「凝華」という現象が起きます。空気中の水蒸気が、液体(露)になるステップを飛ばして、直接氷の結晶(霜)に変わるのです。ちなみに結露は、水蒸気が水になる現象です。

お茶の新芽は、成長のために水分をたっぷりと含んでいます。気温が下がり、細胞内の水分が凍ると大変なことが起こります。 水は凍ると体積が増えるという珍しい性質を持っています。そのため、鋭い氷の結晶が細胞壁を内側から突き破ってしまうのです。

日が昇って氷が溶けたとき、壊れた細胞からは水分が漏れ出し、新芽は茶色く変色して枯れてしまいます。農家さんが手塩にかけて育てたお茶が、一夜にしてダメになってしまう……これが凍霜害の恐ろしさです。

空気をかき混ぜて新芽を守る

ここで、冒頭の「扇風機(防霜ファン)」の出番です。

霜が降りるような夜、地上約10メートル付近には、地面より3°C〜5°Cも暖かい空気の層が眠っています。防霜ファンは、この「上空の暖かい空気」を見つけ出し、地面に向かって力強く吹き降ろします。

1 上空の暖かい空気を地面に届ける。

2 地面付近の冷え切った空気と混ざり合う。

3 新芽の周りの温度が氷点下になるのを防ぐ。

たかが扇風機、されど扇風機。自然の性質を逆手に取った、見事な知恵ですね。風が強い夜には霜が降りにくいという自然現象を、人工的に作り出しているのです。

私たちが何気なく飲んでいるお茶の裏側には、放射冷却という宇宙規模の現象との戦いがあり、それを防ぐための物理学の応用が詰まっています。次に茶畑で高い扇風機を見かけたら、「今夜も暖かい空気を運んで、新芽を守っているんだな」と思い出してみてください。きっと、いつものお茶が少しだけ深く、味わい深く感じられるはずですよ。

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