重さが2倍で摩擦も2倍?当たり前を疑う「摩擦力測定実験」のススメ
サイエンストレーナーの桑子研です。毎日が実験。
サイエンストレーナーの桑子研です。皆さんは、重たい荷物を床で引きずろうとして、「うっ、重い!」と踏ん張った経験はありませんか?物理の授業で習う「摩擦力」。教科書には f=μN というシンプルな公式が出てきます。「重さ(垂直抗力 N)に比例して、摩擦力(f)は大きくなる」という意味ですが、自然界の現象がこんなに単純な掛け算で表せるなんて、少し出来すぎていると思いませんか?
今日は、そんな「教科書の公式は本当なのか?」という疑問を、実際に手を動かして検証してみましょう。やってみると、予想以上に感動的な結果が待っていました。
そもそも、摩擦力はなぜ働くのか?
学校では「表面がザラザラしているから」と習うことが多いです。イメージとしてはとてもわかりやすいのですが、実はそれだけが原因ではありません。それだけではないというのは、それも原因として考えられますが、もっと複雑です。主に以下の3つの要因が組み合わさって起きていると考えられています。
1. 表面の凹凸による「ひっかかり」
これが最もイメージしやすい原因です。 一見ツルツルに見えるテーブルや床でも、顕微鏡レベルで見ると表面は山や谷のようにデコボコしています(これを「粗さ」と呼びます)。物体同士が触れ合うとき、互いの表面の微細な山と谷が噛み合っています。
物体を動かそうとすると、この噛み合った山を乗り越えたり、あるいは山そのものを破壊したりする力が必要になります。これが抵抗(摩擦力)となります。
2. 原子・分子レベルでの「凝着(ぎょうちゃく)」
実は、摩擦の主役とも言えるのがこの現象です。特に表面が平滑な金属やガラスなどで強く働きます。2つの物体が接触しているとき、ミクロな視点で見ると、実際に触れているのは凸部分の頂点同士だけです(これを真実接触点といいます)。この接触点では、原子と原子が非常に近い距離になるため、お互いに引き合う力(分子間力や金属結合など)が働きます。まるで瞬間的に溶接されたようにくっついてしまうのです。
そこで物体を動かすには、このくっついた部分(凝着部)を引きちぎる必要があります。この「引きちぎるのに必要な力」が摩擦力の大きな原因です。
直感的な例: 下敷きのようなツルツルしたプラスチック同士を重ねると、ピタッとくっついて動かしにくくなりますよね? あれは凹凸のひっかかりではなく、この「凝着」が強く働いているためです。
3. 掘り起こし作用(変形)
片方の物体がもう片方よりも硬い場合に顕著になる原因です。メカニズム: 硬い物体の表面の凸部分が、柔らかい物体の表面に食い込みます。動かそうとすると、硬い凸部分が柔らかい方の材料を押しのけて進む必要があります。このときの抵抗が摩擦力となります。
つまり、摩擦力の正体は、以下の力の「合計」だと言えます。
・デコボコを乗り越える力 (凹凸説)
・原子レベルの結合を引きちぎる力 (凝着説)
・相手の素材を押し広げて進む力 (掘り起こし説)
たとえば物理学大辞典第2版によると、摩擦係数は、
接触物体
ガラスとガラス(乾燥) 静止摩擦係数 0.94 動摩擦係数0.4
鉄鋼と鉄鋼(乾燥) 静止摩擦係数0.78 動摩擦係数0.42
木と木(乾燥) 静止摩擦係数0.6 動摩擦係数0.5
となります。ガラスとガラス、鉄鋼と鉄鋼が示すように、多くの物質において「2. 凝着(くっつく力)」が摩擦の最大の要因であると考えられています。「磨けば磨くほど摩擦が減るわけではない(逆にツルツルすぎるとくっついて摩擦が増える)」のは、この凝着が強くなるためです。木と木については表面の凸凹の影響が大きいのではないかと考えます。
教科書の「あの公式」を疑ってみる
実験に入る前に、少しだけ科学のお話を。摩擦力には、動き出す直前の踏ん張り力である「最大摩擦力」というものがあります。公式にある μ(ミュー)は「静止摩擦係数」と呼ばれ、面のザラザラ具合を表す数字です。「重さが2倍になれば、摩擦力もきっちり2倍になる」「面の材質が変われば、係数が変わる」これらが本当なのか、データで確かめてみましょう。

なお摩擦力のこのグラフはあくまで経験則なので、実験をやって確かめて確認する価値は非常に高いと言えます。また摩擦の研究は古く、レオナルドダビンチが摩擦の実験をしていたそうです。また最大摩擦力は垂直荷重に比例すること、摩擦力は見かけの接触面積によらないこと、などをアモント・クーロンの法則と言います。摩擦などを研究するトライポロジーという学問分野です。
静止摩擦力の測定実験
用意するもの
木箱(約120g)、おもり小(約50g)、おもり大(約100g)、ばねばかり、やすり、木の板、つるつるのプラスチックシート
方法
① まずは準備です。ばねばかりを水平に持ったとき、針が「0N」を指すように調整します(0点調整)。これを忘れると正しい値が測れません。
【実験1:重さを変えてみる】
② 木箱の裏に「やすり」を貼り付け、やすりの面を下にして木の板の上に置きます。ばねばかりをひっかけて、ゆっくりと水平に引いていきます。
③ ここがポイントです! 木箱が「動き出す直前」のばねばかりの値を読み取ります。これが最大摩擦力です。
④ 木箱の中に「おもり小」を入れて重くし、同じように②〜③を行います。
⑤ さらに「おもり大」に入れ替えて、もっと重くして②〜③を行います。
【実験2:面の素材を変えてみる】
⑥ 今度は重さを変えず、床の素材を変えてみます。木の板の上に「プラスチックシート」を敷き、つるつるの状態にして同じ実験を行います。
世界は数式でできている?
実際に実験を行い、データをまとめたものがこちらです。まず実験1の結果を見てみましょう。おもりを乗せて全体の重さ(垂直抗力)を増やしていくと、摩擦力も大きくなっていますね。ここで注目してほしいのが、右端の「静止摩擦係数(摩擦力÷垂直抗力)」の値です。

多少の誤差はありますが、重さが変わっても静止摩擦係数はほぼ一定(約0.77前後)を示しています!「重さが変わっても、面のザラザラ具合(係数)は変わらない」ということが実証されました。
次に、実験2(プラスチックシート)の結果です。

やすりの時と比べて、静止摩擦係数がガクンと下がりました。これは、面がつるつる滑りやすくなったことを数値が正直に表しています。
実際に手を動かしてみると、「本当に教科書の通りになった!」という感動と、「なぜ自然界はこんなに綺麗な数式に従うのだろう?」という不思議さが湧いてきます。実は摩擦力というのは、ミクロな視点で見ると原子同士の結合や表面の微細な凹凸が絡み合う複雑な現象です。まだ科学でも完全には解明されていない部分があるほど奥深い分野なのですが、マクロな視点ではあのようにシンプルな f=μN で表せてしまう。ここに物理学の美しさがあります。
この他の実験方法
斜面を使う方法(タンジェントの利用)
この他にも静止摩擦係数を測定する方法はあります。たとえばですが、ばねばかりを使わず、角度だけで求める少し数学的な方法があります。
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用意するもの: 板、木片、分度器。
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手順:
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板の上に木片を置きます。
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板の片側を持ち上げ、傾斜を徐々に急にしていきます。
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木片がすべり落ちる角度を見つけます。(※軽く指で突いて、そのままスーッと等速で落ちる角度を探します)
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そのときの角度 tanθ を測ります。
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- 計算方法:物理の計算により、質量に関係なく以下のシンプルな式になります。
μ=tanθ
例:角度が14度で等速ですべった場合、tan14度より、係数は0.25と計算できます。
動摩擦力の実験
1. ばねばかり(ニュートンメーター)を使う方法
最も一般的で、中学校や高校の物理実験で行われる基本の方法です。静止摩擦係数と同様に行います。簡易的にできていいですね。
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用意するもの: 木片(ブロック)、おもり、ばねばかり、長い板(または机)。
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手順:
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水平な台の上に木片を置きます。
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木片にばねばかりを取り付け、水平にゆっくり引っ張ります。
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木片が動き出したら、「一定の速さ(等速)」で動くように引っ張り続けます。
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そのときのばねばかりの目盛りを読み取ります。
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- 計算方法:動摩擦係数を μ’、垂直抗力をN(水平なら重力 mg)、引く力を F とすると、以下の式で求められます。
μ’ = F/N
となります。例:重さ 2.0Nの木片を引いて、目盛りが 0.5Nだったら、μ’ = 0.5 / 2.0 = 0.25 となります。
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コツ: 「一定の速さ」で引くのが一番難しいポイントです。目盛りが安定する速度を見つけます。
記録タイマーdを使う方法(現代版)
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用意するもの: 記録タイマーd
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手順:
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記録タイマーdを起動します。
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机の上で物体を勢いよく「シュッ」と滑らせて、手を離します。
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物体が、摩擦によって減速し、止まります。
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加速度 a (通常は負の値)を読み取ります。
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- 計算方法:運動方程式 ma = -μ’mg より、質量 m が消えて以下の式になります。μ’=|a|/g
(g は重力加速度 9.8m/s^2)
例:加速度グラフが -2.45 m/s^2 を示していたら、2.45 / 9.8 = 0.25 です。
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