橋をも溶かす「死の川」を救え!群馬の山奥で24時間続く壮大な中和大作戦

サイエンストレーナーの桑子研です。毎日が実験。

私は群馬県出身なのですが、中学で学習する「中和」という言葉を聞いて真っ先に思い浮かべるのは、実は地元の川のことでした。群馬県には火山が多く、そこから湧き出る水の影響で、川が非常に強い酸性になってしまう場所があります。もしそのまま放っておくと、酸性が強すぎて魚が住めないばかりか、なんとコンクリートの橋さえもボロボロに溶かしてしまうほど強力なのです。

コンクリートがなぜ溶けるのか?

コンクリートが酸に弱い理由は、その主成分にあります。コンクリートは、セメントに砂や砂利を混ぜて固めたものですが、セメントが水と反応して固まる過程で、大量の水酸化カルシウムが生成されます。

この水酸化カルシウムは強いアルカリ性を持っており、コンクリートの強度を保つ重要な役割を果たしていますが、酸に対しては非常に無防備なのです。

酸性の強い川の水がコンクリートに触れると、中和反応が起こります。硫酸を例にしました。

この反応によって、コンクリートを支えていた水酸化カルシウムが、硫酸カルシウム(石膏)へと変化してしまいます。またただ溶けるだけでなく、ボロボロに崩れてしまうのには2つのステップがあります。

コンクリートの「のり」の役割をしていた成分が別の物質に変わってしまうため、中に入っている砂や砂利を繋ぎ止めておけなくなります。また反応でできた硫酸カルシウム(石膏)などは、元の成分よりも体積が大きくなる性質があります。コンクリートの内部で物質が膨らむため、内側からヒビ割れを起こし、最終的には剥がれ落ちてしまうのです。

さらに恐ろしいのは、コンクリートの中に入っている鉄筋への影響です。本来、コンクリートの強いアルカリ性は、中の鉄筋が錆びるのを防ぐ「バリア」の役割をしています。しかし、酸によって中和(中性化)が進んでしまうと、バリアが解けて鉄筋が急激に錆び始めます。鉄が溶けて鉄イオンになります。鉄イオンが水酸化物イオンを受け取って、水酸化鉄に変化します。

それが酸素を受け取って、私たちがよく目にする茶褐色の赤錆(酸化水酸化鉄)になります。

錆びた鉄筋は膨らんで、さらにコンクリートを内側から破壊する……という悪循環に陥るのです。

群馬県が始めた中和の取り組み

そこで、川を魚が住める「健康な状態」に戻すために、人間による大規模な中和が行われています。具体的には、中和するために石灰を川にいれて中和している(品木ダム水質管理所のHPより引用)のです。

吾妻川はかつて、強い酸性の水が流れるために魚も棲めない「死の川」と呼ばれていました。そして、鉄やコンクリートを使った建造物が作れない、河川水が農業に適さないなど人間の生活にも多くの負担を強いていました。そこで、吾妻川に流入する酸性河川のひとつである湯川の水を中和して、川を甦らせようという取り組みが始まったのです。

中略

草津中和工場で湯川に石灰石粉を投入し、その先に建設された品木ダムに流れ入るまでに徐々に進んでいくという仕組みです。現在、吾妻川には魚などの生物が棲むようになり、下流の人々も中和された河川の水の恵みを受けて生活しています。そして、草津中和工場はこれからも24時間365日、湯川の中和を行っていきます。

品木ダム水質管理所のHPより引用

この中和を化学式で書くと次のとおりです。

 

草津の川には、火山の成分である硫酸が多く含まれていました。これと石灰石粉(炭酸カルシウム)が反応すると、以下のようになります。

この反応によって、硫酸カルシウム(いわゆる「石膏」の成分)、水、二酸化炭素が発生します。ここで面白いのは、投入した石灰石が粉末(固体)だという点です。固体の石灰石が酸と反応して溶けるまでには時間がかかります。そのため、工場で粉を投入してから、川を下り、ダムに到達して静かに反応が終わるまでの「距離」と「時間」を計算して運用されているのだそうです。

まさに、川そのものを巨大な試験管(反応槽)として使っているダイナミックな実験場といえます。中和の結果、川の中にできた「石膏」などは、最終的に品木ダムの底に沈殿して回収されます。こうして下流には、中和された綺麗な水だけが流れていく仕組みになっているのです。

お皿の上でスダチを絞る「小さな中和」と、山の中で川に石灰を投入する「大きな中和」

レモンのひと絞りは「化学実験」だった!食卓の科学(中和)

スケールは全く違いますが、そこで起きているのは全く同じ化学のルールです。そう考えると、テストのために暗記していた理科の言葉が、急に活き活きとして身近に感じられませんか?

勉強した知識が、毎日の食事や故郷の風景とガッチリつながる瞬間。これこそが、科学を学ぶ最大の醍醐味だと私は思います。

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